泡踊り
ソープのホステスさんとお客さんが,お互いの秘処に石鹸の泡を塗りつけて,体をこすりあわせることによって快感を得ようとするのが,ソープの「泡踊り」っていう秘技である.ところで,この泡踊りを考案したのは,川崎は堀之内の「川崎城」のホステスの浜田さんとされている.それは1969年(あやしげな数値だが?)のこととされているが,しだいに,よそのソープにもサービスの一環として組み入れるように広まっていった.このテクニックが,それまでの秘技とされていた「おスペ」に代わって,またたく内に関東地域から全国に拡散していったのである.
泡立ちよし,ボインの弾みで息子の立ちよし,さらに泡姫の人気よし….
阿波踊り
四国の阿波踊りは,「踊る阿呆に見る阿呆,同じ阿呆なら踊らにゃソン,ソン」だが,
阿波踊りの起源は,蜂須賀家政が徳島に居城を構えるたときに始まったとされる.
殿様は地元民を集めて,酒と肴を大盤振る舞いして,老いも若きもが無礼講の一夜に酔いしれ,
「エライヤッチャ,エライヤッチャ」と,現在まで踊りつがれてきたのだ.
東京でも高円寺当たりの商店街では町興しに踊っている.大塚は風俗踊りか?
そんな阿波踊りのような浮かれ景気も,エライコッチャ,エライコッチャ…,
バブルがはじけて,何も残らなかった.
風俗産業のソープもバブル崩壊の煽りをくらったうえに,エイズショックがこれにかさなって,来客数は激減しておおアワてということだった.カニのようにアワ喰ってる暇もなかったほどだ.
かつてのソープの最盛期には全国に1600軒,泡姫たちも2万人が待機していたらしい.
これは1969年ころの話だが,関西には貯金と株で1億円,そのほかに6階建て32室のマンションを経営する泡姫(ソープさん)がいたいうが.....
古典の教科書に取り上げられる「方丈記」のなかで鴨長明(1153-1216)が,
「ゆく河の流れは絶えずして,しかも,もとの水にあらず.よどみに浮かぶうたかた(泡)は,かつ消え,かつ結びて,久しくとどまりたる例なし…」
と世の無常を嘆いているように,泡が消えれば何もないのだ.
不思議なのは,何もない空間から妄想が始まって,言葉に具体化させると,
結局,直接人間同士の関わりを求めてしまう.
出会いのあとは......
また螺旋階段を登っていくように,同じようなものが繰り返すのは,
ファッション衣料だけではないようだ.

