女の快感を判断する目安については,「濡れる」というごく当たり前の現象判断になってしまった.
がっかりしてしまっただろうか.
どうしてもSexで快感を極めるというと,女性器の内部を合体して刺激を一点に集中させて頂点まで届かせるというのが,男にとっては単純な達成感が得られるから目標とされがちだが,そのことばっかりをオスが追求するあまりに,パートナーも同様に高揚している思い込んでいることが多いようだ.こうしてパートナーの快感にまで気が周らず,絶頂に到らないで不完全燃焼となりもう一つ達成感が得られない女,たまにしか頂点までの快感を得られる機会がない女性に対しては,正直にパートナーに告げる以外には解決法はないだろう.
独りSexという手段でクリトリスを刺激しても快感が頂点まで届いた経験のない女には,パートナーがペッティングで刺激しても,なかなか女性自身に湿り気を帯びてこない,Sexで気をやらせることがむずかしい場合が多いようだ.
パートナーによるクリニングスを受けることによって,信じられないほどに湿りっ気を帯びて濡れる→初めてのアクメ体験,こういう流れがうまく進行すれば,女としては想像していた快感の頂点レベルを現実に極めることによって,自分自身のSexにおける快感の全体がようやく見えたことになる.ある場合には,想像した快感レベルとの違いを知って,現実を受け入れないケースもある.こうなると,パートナーには,想像と現実の間を埋める作業が必要になる.たとえば,Sexにバリエーションを加えて,女が想像で期待している部分を補うような刺激を追加するということだ.いわゆる,視覚を奪ってさらに感覚系への集中度を内部から高めるとか,手や足を拘束することによって,Sexに集中させるというような......
このようにたかがSexによる快感で,パートナーの人生観が変わってしまうほどの衝撃になる場合もあるだろう.それこそ男としてはオスの本望となるのだが,反対に女にとってもSexを快楽だけと軽んじることができないものになるだろう.
Sexにおいては,初体験が貴重なプレゼントだった時期があった.これは,快感への扉をこじ開けられた感覚と現実に体内へ異物の挿入感を教えられたという段階である.つまり女にとっては初めて快感が最高点に達したSexを経験させたオスが初めての男となるのだろう.これだから心理的な占有度がまったく違うものになるのだろう.
しかし女性には,全女性の2割(5人に一人,または10人に一人だと1割)ぐらいの比率で,どうしてもクリトリスの刺激では完全に快感の頂点まで昇り詰めることができないという人もるようだ.これは感覚がの問題となるから仕方のないことかもしれない.
男はオスの本能としてとにかく種族保存のために子種を射精しなければならないのである.つまりは射精することができない男は生物学的に見れば無意味な存在ということになってしまう.
このように射精という明確な頂点がある男と異なり,女の場合には,子供を孕むことができれば十分な存在とされてきたために,Sexで快感を味わうことは話題にもならなかった.産む性として快感のないSexによる妊娠は,あの江戸時代にも推奨されていた.
要するに女は,人により性感レベルの感度が多様に分布しているから,アクメまで未経験の女は相当に多いようである.官能小説や投稿実話などでは成功事例が詳しく記述されているが,現実はフィクションとは別な世界なのである.Sexで快感を感じることができれば,それが人間として生きている実感となるのである.

