パートナーとなった女体を縛る作業に集中していると, 縛られる側の気持ちを推しはかるということを忘れてしまいがちである.
パートナーが現に直面しているひもによる拘束された痛みを思いやることがなくなってしまうことがある.人によっても程度は違うが,痛みが快感に繋がっているうちは皮膚に傷がつくほどの鞭打ち作業を加えても限度を超えていないという場合もということである.
これはパートナーを縄で縛っても, 吊っても, 叩いても, 絞めても, 刃物で刺しても, 絞っても同じことであろう.ボンデージによる苦痛や痛みが許容範囲に入っているかどうかということが基準で,Aという女では快感で気持ちいいというレベルでも,これをBという女性に当てはめることはできないということである.その日の体調にも影響されることもあるのだ.また次第にボンデージ行為の内容をレベルアップしていって,辿り着ける快感としてのピークの値を,初期段階のボンデージで最初から目指してみても,パートナーにとっては痛みだけを強く意識してしまい逆効果となってしまう.
苦痛や痛みが快感に変化するその瞬間にだけ通用する許容値を探っていく作業は,独りよがりではできない.パートナーという相手の反応があることだから,パートナーの状況をどれだけ忖度することができるかということからはじめて,「この程度が限界なのかな」という仮定のピーク値を設定しておき, 実際の反応を見ながら修正していくということの繰り返しになると思えばいいだろう.前回はこれでよかったからということは,通用しないと考えておかなければならない.それこそ毎回が初めての状態への試行というような経験の繰り返しになるのだ.この緊張感をパートナーとともに楽しむという心構えが必要とされる.

