女性の肌の露出というのは,不思議なものである.夏の海岸であればビキニの水着で限界まで素肌を露出しているのが普通だ.
女性が肌の露出を制御しているのか疑問があるというのは,不思議に感じられる日常の風景があるからである.夏の海岸であればビキニの水着で限界まで露出しても疑問はない.しかしこれが厳冬の時期になっても,コートの下はかなり肌を露出した衣服を着用するのは,エアコンによるおかげなのだろうか?寒い環境でも素足でしゃがむと中腹部の素肌が露出しても平気な女の子が多いのは歓迎すべきことなのだが,脂肪の付き方がオスとは異なるからなのだろうか?もっとわからないのが,冷え性という女性だ.いったいどこが冷えてしまうのだろうか?本当に女体の構造というのはわからない.
女を縄で縛っても芸術写真にはなりにくい姿勢になってしまうことがある.それでは女を縄で拘束した状態で写真を撮りやすいポーズがあるのかというと,芸術というほどの写真はそんなに簡単に撮ることはできない.縄目の形を作りやすい状態から女体を縛っていくというのであれば,すでに多くの先駆者が緊縛写真としてアート作品を残しているから,ほとんどの縄による拘束姿勢のバリエーションがすでに出来上がっている.あとは個人的な好みの違いということで,似たようなポーズをモデルと場所や環境を変えても,ただバリエーションを増やすだけになるだけだが.見る側からすれば,それでも新鮮さがあればいいというと,もうビジネスSM写真になってしまう.
女体を拘束するのに縄を使って縛り上げる場合にアートに展開しやすい姿勢というと,真っ直ぐに立った状態から始めるのが一般的なものであろうか?手を後にまわしてひもで縛って拘束することから初めてもいいだろう.または両手を前に観音さまのように重ねてから縄を掛けても始めることができるだろう.ときには足首に縄をかけて縛ってから上に向かって体に縄を掛けていく人もいるようだが,上半身から腹部,下半身へと縄を繋いでいく縛り方が多いようである.
さらに女体を縄で緊縛する途中で,目隠しをしたり,吊り金具に引っ掛けて拘束姿勢を安定させるということもよく行われている.縄を掛けられるパートナーが安定した姿勢を確保できるようにしながら,縄を繋いで拘束作業を進めるというのが基本になるだろう.
その行為の結果として,だれが手がけても同じような女体の拘束という最終形ができあがる.使う縄の本数やこだわる部位が異なっても,女体の緊縛というテーマ写真であれば,どうしても似たようなポーズや画面構成になってしまう.他に道具や着用する衣装を変えても同様な結果になるのはやむ得ない.少しは違った感じに仕上げようとするのであれば,和服による緊縛しか残っていないということである.十二単衣とか,弥生時代の貫頭衣などであれば珍しいものになるだろう.
しかし和服は袖と裾の処理を適切に行わないと,縄が緩んだり,上手くしまらないことがある.着物の裾は縛る前に割っておくとか, 袖はユキの短めのものにするなどの選択が必要になる.最近ではその前に,着物の着付けが問題になってしまうから,後の処理が不要な着替えようの洋服を用意しておかなければならないのだろうか.振袖の場合は長い袖を縛り上げないで垂らしたままでも絵になるような画面構成を考えておかなければならない.反対に浴衣であれば,衣装に関係なく浴衣を着ていることを無視して中身とともに縛り上げたほうが実態感が出てくるだろう.また下半身は腰巻だけということにして,綺麗にはだけたポーズにするとか, 細かな工夫によって出来上がりがSexyなものになることがある.
和服であれば着用する下着をどうするかというのも写真的な面白さを追加する素材となる.通常の着物であれば腰巻だけで下着を着けないのが一般的なのだろうが, 下半身への縄の掛け方と腰巻きのはだけた状態の組み合わせや, はでな和装用の下着をアンバランスに着用させて着崩させると主観的には,おもしろいのだがアート写真にはならない.このあたりは個人的な好みだから,趣味として楽しむのであればそれで十分であろう.
案外と予想外の面白さが出てこないのは,水着や下着姿のポーズである.もともと露出度が高くて裸に近い状態なのだから,あまり工夫する余地がないからなのであろう.
通常の洋服を着た状態からどのくらい崩れて,肌が露出しているかというのがアート写真のポイントになるのだろう.身体をひねったり,足を曲げたりすることも重要な要素になるだろう.直立不動の姿勢からでは,ひもをグルグル巻にした芋虫状態にするのでなければ,あまり変わり映えのしない女体の縛りになってしまう.
少し着崩れているという状態と,派手に着崩れている状態では,まったく出来上がった印象が違ってくる.どちらがいいということではなく, 結局はマスターの好みということになる.

