普段はしとやかなお嬢さんなのに,自動車の運転席に座ると性格が一変してしまう人がいる.
移動する個室と時速100kmを超す速度を自由に操れる環境を手に入れると圧倒的に攻撃的な性格に切り替わるのである.
ボンデージとドメステック・バイオレンス(DV)の違いは,ボンデージが女性に奉仕する妄想の一環としてパートナーとともに快感を得るための行為として合意の上の暴力を伴うものであることにある.またボンデージが生身の人間を対象にしたときより,自分だけの独断による行動ができないことである.
それでも感情に任せてわがままな行動をとろうとすると,パートナーとの関係に微妙な意識のズレが生じてしまう.そこに間違いが発生することがあるのだが,パートナーとマスターの性癖が完全に一致している場合には問題はないだろう.苦痛系と快楽系という相互関係として求めるものが一致しているのだから,ズレは生じない.
だから些細な縛る場所などにこだわっていると,それがズレのきっかけになってしまうこともある.たとえば手首を縄で後手に拘束した状態を好むマスターと手首の拘束が嫌いなパートナーの組み合わせでは,その次のボンデージ段階に移行するとさらに関係がギクシャクしてしまうだろう.さらに拘束した女体を吊り上げたい人と,吊りに恐怖を感じるパートナーでも同じ問題が発生するだろう.ボンデージ行為の方向性にずれを感じると相互に違和感が出てきてしまうので,さらにその先に進めるとパートナーと気持ちが同期しなくなってうまく行動が受け入れられないようになるだろう.これではDVになってしまう.
ボンデージのプロセスでは,パートナーの状況に合わせて行動を進めてゆくということも時には必要ということである.しかし,ビジネスの貿易交渉ではないが譲り合うように合わせるばかりでは相互の意識の同期が生じない.苦痛系が求める行為の1クラス上を適切に実現できればそれが理想だが,そのためには快楽系のマスターが快感を我慢したり,意識を変えなければならない場合もあるだろう.とどのつまりは本人の意識と本能の釣り合いをうまくとることである.意識のバランスをとりながら,快楽系では刺激を与える方向へ苦痛系パートナーを誘導するための準備期間を与えなければならないということである.いわば体のウォーミングアップするための時間と,苦痛から快楽へ飛び越えるタイミングを適切に捉えることができれば,パートナーとマスターがともに揃って快感への段階をひとつ登ることが可能となるだろう.

