ボンデージという行為におけるパートナーとなる同志との遭遇について考えてみよう.
インターネットがメディアとして普及したことによって,かつてに比べれると同じ性向を持った同志に出会う確率は改善されたのだろうか?
逆に情報が出回るに伴い危険に遭遇する確率が高くなっているのは事実であろう.風俗にからむ大人の問題であるから,リスクを覚悟して受け入れることのできる人,危険性とそのメリットを判断できる大人の理性を持った人にとっては便利になったと言ってもいいのだろう.
しかしWebに情報を発信していると多くの情報が流れ込んでくるものだ.Blog社会の繋がりもあるが, マスコミによって一方的にもたらされる事件関連情報もある.Webの表には現れない事件も同時に進行しているのも事実である.
一般的にはBBS(掲示板)や出逢い系サイトを使うことで,日頃の生活圏では関係を持つことのできない人との窓口が開けてくる.現実の社会とWebなどのネット社会の違いは「匿名性」にあると考えがちだが,日常の生活では見知らぬ人との関係を新しく築く機会は非常に少ない.知人の紹介であったり, もともと存在した仕事の輪にある関係の中から新しい人との遭遇があるのだろう.
Webを中心とするネット社会では個人情報がまずデータとして提供されている.たとえば出逢い系サイトを考えてみればいいだろう.まずIDを取得するために最小限は自分情報を開示しなければならない.これは当然のことだが相手の情報も同じようにして入手された情報が閲覧可能となっている.そしてそこには現実の世間ではあまり口にすることのないようなことが書き込まれているのが,出会い系サイトであるということである.これが客寄せのセールス・プロモーションとなっているのだ.具体的な例を上げると,「私は被虐系で,奉仕するご主人様を探しています.ヒモで縛り,鞭でお仕置きしてくれるマスターになってください」などと,お宅系のマニア雑誌の読者投稿欄のような記述をしているのである.自分で勝手に期待していると,ビジネス・プロモーションにつられてうっかり本心をそのようなサイトに投稿してしまう場合もあるのだろう.
その後は, メールによるレスポンスによって希望者と性向が適合するパートナーと意気投合してしまえば,いよいよWeb上の架空のご主人と実際にどこかでデートを設定することになるのだろう.こうしてWeb上のパートナーの存在を信じてオフラインで会う段階になると,相互に日常の場面では触れない自分の恥ずかしい性向やSex嗜好はすでにメールなどで相互に了解していることが前提になっているわけである.お互いがかなり正直に自分の性向を伝え合っていれば,もう余計な説明はいらない.ところが,この前提がNetおかまさんとか,Web上の仮装人だったら,予想外の事態に進行してゆくことになる.純粋にお互いの嗜好をぶつけ合うことを期待していても,想定外の状況になってしまうわけである.
この状況であればお互いの素性とか人格は問題にならないが,うまく問題を処理できる即応性が必要となるのだ.つまり待ち合わせた場所から直ちにLoveホテルへ行く事態になるのは珍しいことではないが,パートナーが本当にWeb上の人格と一致しているかは,その場になって見なければわからない.実際に行動することを目的としてWebにアクセスしているのだから当然とも言えるが,現実はWebのビデオ・カメラの前でストリップをして稼ぐほどには,オフラインのブラインド・デートでは身の安全を確保できないと考えておくべきだろう.
そこにWebにおける風俗に関連した話題には最大のリスクがあるのだ.まれに期待通りにうまく進行する場合もあるだろう.たまたまリスクの少ない相手が本音に共鳴して匿名性に隠れることなくほどほどの事実をさらけ出していれば, または運良く妄想系の相手で具体的な行動力のない場合である.そうするとそれがたまたま偶然だったことが,次からも当然のように考えてしまうのはやむを得ないが,危険なはずの冒険にも危険を認識しないままに飛び込むという事態を次の機会に招いてしまうことになる.
つまりは大人の判断ということになるから,リスクを自分は承知しているといえばそれでしかたのないことだが, 現実の社会で考えれば不思議なものと第3者には思われるところである.
似た性向のパートナーに遭遇するのは,運命的なものかもしれないが,それだけでは解決できない代償を要求される場合もあるだろう.焦っているときや思い込んでいるときには,気づかない落とし穴が存在するのだ.そんなところに自ら入り込む必要はないと思うのだが, 自己責任ということを意識しても,穴に落ちてしまう場合にはどうしようもないのかもしれない.Web上には善人ばかりが存在するわけではないのだ.虎の穴に入れば怖い親虎に出会うということなのだから....

