正規の夫人以外に外に愛人を抱えていた明治期の日本政府の高官達が,女子教育を自分たちの日常生活より適当に考えて,結婚までは処女として育て,家庭に入れば旦那の好みに性的嗜好を育成して,家長として君臨する家族制度を確立するための教育制度であった.これで家長である男は,時には妻以外の愛人をも囲うことが普通のことになっていた.その名残が第二次大戦後(この家父長制は1945年9月まで続いたのだから)の日本では,処女の希少性として女子中高生が商品価値を持つことになった.その結果として,20歳以下の女子学生では,その3/4が合体Sexを経験済みという調査データがあるようだ.商品としての合体Sex(それも初物としての)は,次第に低年齢化してそろそろ小学校高学年(ロリータではないが12歳前後)にまでその商品範囲が拡大しているらしい.いわば,日本では女との合体Sexの値段は,ビールと同じように新鮮なものだけに価値があるのだ(女として機能する初期が最高の価値ある商品として好奇心旺盛な12歳の小学生がねらわれる...そう女子大生では,希少な処女以外はもう商品価値はないという風俗社会なのである).しかしその一方で性風俗においては,タブーがなくなり,宗教的な抑制でもないかぎり,ほとんどが欲望のままに振る舞える環境となっている.建前としての愛情と,商品価値としての性風俗の本音が共存しているのだ.だから女のハロー・ワークではないが,ひとたび性風俗に関わった女が成熟して仕事として継続できるように,「成熟したひとづま」として新しいブランドを作り上げ,男子高校生に合体Sexを体験するパートナーとしての商品に仕立て上げている.
それ以前の日本は鎖国をしていたが,中国,朝鮮,オランダと長崎の出島においての貿易以外には外国からの交易による輸入品がなかった時期である.そして輸入とは,ものだけとはかぎらず,思想,価値観,風俗などのさまざまな社会情報,それらが入ってこなかったのだ.もちろん国内では目の色や髪の毛の色の違う人はほとんどいなかった.もちろん異なる言語を話す人もいない.いるのは,せいぜい,となりムラの次郎兵衛ぐらいだった.
最近よそのムラから来たあそこんちは怪しげだから,しばらくは村八分にしておけだの,
よそもののくせに生意気だから袋叩きにしてやれだのと,そういうムラ世界の因習が残っているのだ.
さて現在でも,「日本人は単一民族である」と本気で信じている人とか,東南アジア系の人が来日することを渋い顔で眺める右よりの愛国的な人達というのは,根っから,鎖国時代の日本(封建時代の)の血を引いているのだろう.

