苦痛が許容されるのは,快楽に結びつく軽い刺激までである.
快楽に結びつく刺激程度に慣れていれば,いいのかもしれない.
「痛みが快楽と結びついている場合か,苦痛だけに終わるか」には個体差も存在する.
いわば,その日の体調や環境によっても変化するものである.
だから仕置き人(ご主人さま)は,常に罪人を観察しながら,仕置きの程度や効果をよく確めなければならない.
関係が長くなれば,相手の皮膚感覚を自分の皮膚感覚並みに把握できるほどのレベルに達していなければならない.
最初は弱い刺激から,次第に強い刺激へと順を踏みながらレベルを確認して境界を見つけておこう.
鞭打ちや尻叩きというお仕置きで鞭が直接,咎人の肌に当たると,肌の表面の神経を刺激して,徐々に皮膚が敏感になっていく.
鞭を体中に浴びると全身の痛感帯が刺激される.
刑罰やお仕置きの鞭打ちは苦痛を与えるのが目的であるが,
人間同士のなれ合いを解消するための行為としての鞭打ちや尻叩きは,相手に快楽を与えるのが目的であるのはいうまでもない.
上手な鞭使いは,あくまで「痛み」と「気持ちがいい」の中間で,まだ「気持ちがいい」の中間領域ギリギリのレベルを狙うことになる.
この場合は,縄に酔うのと同じように,鞭の音に酔ってしまう場合もある.
いい音の出る仕掛けも必要だ.
鞭の刺激の好みは人によって異なる.バラ鞭で軽くお尻を叩くだけで十分な場合もあれば,乗馬鞭で跡が残るほどに打ちすえて欲しい場合もあろう.
このようなケースでは痛さに満足しているのではなく,打たれることによって気持ちがスッキリして痛さが快感に切り替わっているのである.これこそが,人間の不思議な部分といえよう.
「どうだった」と訪ねても,
「気持ち良かった」という答えが帰ってこないようであれば,その鞭打ちは下手な体罰にすぎないのである.
辞書などでマゾヒズムを探すと
「相手より精神的,肉体的な苦痛を与えられることによって性的快感を得ようとする異常な性衝動」とされている.
一般的には,「マゾ女の肉体的な苦痛=快楽」と考えがちである.
しかし,これは間違いのもとである.
フロイトの精神分析にも,良く出来た冗談と思えるようなこともあるのだから.
この手の「常識」も怪しい部分が多いのである.
人間にとって苦痛はやはり苦痛に代わりはないのである.
訓練で慣れれば,苦痛に対する耐性は増すが.....
苦痛だけで満足することは,錯覚を別にしてありえない.
マゾ指向の女性はだいたい自己中心的な思考に陥りやすい.
ほとんどのマゾ系女性は苦痛が苦手だろうが,快楽は歓迎するのだろう.

