かつては日本でも14,15歳で結婚し,出産して母になることは珍しいことではなかった.「ねえやは十五で嫁にいき」4人〜6人の子どもをもうけるのが普通だった.童謡で歌われたように動物として種族保存を考えれば,生殖と育児活動を20代以前に開始する若い家族が誕生し,それが繰り返されていたのである.しかし,豊かさとか教養とか親に飼いならされて晩婚化が進み,動物としての性が歪められた結果として少子化,高年齢出産が常態化している.
しかしオトナの目から見たら頼りなく見えても,10代の若者たちに子どもを「産む」,「産まない」ということの決定権があるはずである.現在の事実として,15歳から19歳の女子人口1000人の出産率は米国では54.4人なのに,日本の場合はなんと3.9人と非常に低い数値になっている.日本では10代の若者たちには人権が尊重されているのだろうか?まず,その前に自立さえできていないのだろう.なにしろ大人に成人式を20歳になってから祝福してもらっているのだから.アダルト市場でも,販売促進のカモとして重要な市場で,かつ女優や男優としての人材供給市場としても大切な分野である.あくまでもカモと案山子としての存在でしかない.
まず親に扶養してもらって学校に通い,ほどほどにSexも楽しみ,20歳を過ぎてからようやく働きはじめて,30歳ごろに結婚して自分の家庭をもつ.中流の小市民ばかりが増えて社会には活性がない.親が経済を負担し,その子どもたちが高校や専門学校,大学という自由な教養を学習する期間を十分に楽しんでいる.
経済的な自立ができなければ,家庭をもてない.だからニートはパートナーがいない.動物として中学校を卒業するころには,妊娠と出産が可能な肉体に成長している.いつから高校が一般常識として学習に興味のない生徒まで通学するようになったのだろうか?受験勉強や成績に関係なく10代の3年間を目的もなく費やす無駄はいいかげんに止めるべきだろう.中学校までの9年間で必要最低限の教養は身に着けたのだから,中学を卒業したら社会に出て働き,家庭をもつカップルがいてもいいのではないか.3年早く社会に出て見れば,自分なりに将来を見極めてさらに教育を受けてもまだ遅くはないのだ.もう10代のSexをタブーとすることをやめて,情報公開とSexの個人情報データベースを整備した環境としなければならないだろう.
10代の性と生殖に関する健康と権利を確保し尊重して,子どもを産みたい欲求があったとしても周囲の関係者に強迫的に人工妊娠中絶に到らせられるような社会が健全なはずはない.もちろん,中絶する権利が保障されていることも教えなければならないが.多様な生き方や選択肢があることを10代の若者たちが学び,自立した経済力がなければ,家族はもてないという社会的な合意のもとに,10代を販売促進のための市場だけではなく,社会の責任を負う世代として育てていかなければ,日本は作法やブランドを大切にする老人帝国として21世紀中に日が沈んでしまう.

